妹と私の闘病日記

原因不明の病に侵された妹と私の気持ちをBlogに書きます

すれ違い

疎遠になった今でもすれ違いは続いて。

いつになったら笑顔で君のところに駆け寄って行けるのかと思ってみたり…

このまま、こんな近くに居るのに絶縁を貫いて行くのが為になるのか。と思ってみたり。

電話さえ出来ないんだもん…

こうゆう事考える時点で無駄な時間なのかな…

8月は。

8月はホントに最低だった…💧

約1ヶ月前、5年に1度の大腸内視鏡検査をする為に1週間前から軽い下剤を飲んで、その週は仕事も殆ど出来ないくらい不調な毎日…

検査前日は処方食。
前日は日曜日だったにもかかわらず、外出する元気も気力も無く、ひたすら24時間テレビを観ていた。


検査当日は朝、病院につくなり本格的な下剤。
5年前、あまりの下剤の不味さに耐えられなかった為、今回は錠剤の下剤を。
まだ飲めたものの、やっぱり脱水症状になって検査まで点滴しながらベッドでぐったり。

問題なのは内視鏡検査。
5年前も地獄のようだった。
覚悟はしてたけど、私の腸は生まれつき癒着してるところがあるらしく、激痛と検査時間が1時間半。
鎮痛剤をするか?となったけど夕方まで病院で休まなければならないから断った自分もバカだった💧

ポリープ1個取って、また5年後…

5年前は入院中だった妹にすぐ連絡したな…
自分の事より姉の私を心配してた。

また、今はもう居ないんだな…と痛感した。

年に一度の

明日は年に一度の乳癌検診だ。

9年前、なんか胸が変な痛みがすると思って母も乳癌を患っていたので軽い気持ちで病院にいって検査をした。

触診では異常は無くマンモも異常は無く、超音波検査でシコリらしき物が5つ出来ていた。
悪性では無さそうとの事だったが、自分で全く気付かなかったから怖くて細胞診をして、それからは3ヶ月に一度、半年に一度、1年に一度になって毎年この時期に受けている。

妹が入院してた病院の目の前の病院。
彼女が生きていた時は、妹はもっともっと辛く痛い治療してるから私も検査結果が異常あっても!と奮い立たせていた。

今年はもぅ彼女は居ない。

弱虫だと思うけど検査の度に、最悪な結果を考える。

弱虫だな…検査受ける前からこんなで。
妹にもいつもいつも弱虫って言われてたな…

生きてれば苦もある。
検査を受けたく無いけど逃げる気はない。


明日、きちんと自分のシコリに変化がないか、検査して来ます。

眠り姫

眠り姫って信じる?
娘はきっと気付いていたし気付いているけど眠り姫の存在を信じている。


長い階段があって空にはお城があって、綺麗なドレスを来た彼女がいる。

こっちには自由に行き来する事が出来る。


そんなお姫様を娘は世界で1番綺麗と言う。


あなたの存在は魂になっても、たった6歳の女の子の胸に綺麗に刻まれているよ。

月命日の昨日

彼女が納骨されて月命日が来て。

彼女のお墓はやっぱり自然溢れる場所で1人で行くと違う世界に居るみたいな感じで、鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな場所。

ホントに悪くない場所だ。

彼女のお墓には誰かが来たのか、まだお花が新しくて、お友達が会いに来てくれたのかな…と嬉しかった。



墓石に向かって、そっちの世界はどぅ?
と聞いてみたりした。

辛い事や悲しい事は無いのかな?
それともこっちの世界の方が煌めいてるのかな?

最近すごく落ちる。
こうして毎日普通に生活出来ることに感謝しないと…

精神薬の怖さ

もぅ何年だろう…
メンタルクリニックに通い出して薬を服用し出して。

眠剤は減ったものの飲まないと寝られないのは変わらないけど、ここ最近はそんなに状態は悪くなかったと思っていたけど、毎日飲まなきゃいけない薬がメンタルクリニックの予約まで5日くらい切れてた。
大丈夫だろうと思っていたけど、私の体はやっぱり薬が染み付いてしまっていたみたいだ。


ものすごい倦怠感、頭痛、目眩、吐き気。
これは薬が切れて出る離脱症状だった。


昨日やっと予約日で薬をもらえたけど、先生には勝手に切らせたらダメと言われた。


だよね…そんな簡単に精神面の病気は治らないよね💧

約1年前のブログ

約1年前のブログを読み返してみた。
人生で初めて大事な人を失った日から数日間の事が書いてあるのを見て、私はあの日から一歩くらいは前に進めているのかもしれないと思った。

慣れた。のでは無い。
彼女の死を少しづつ受け入れているんだと思った。

今でも毎日思い出すし、失った穴は塞がらない。



それでも去年の今頃の私とは確かに違う私がいる。

なにが違うかはうまくは言えないけど、きっと少しづつ受け入れているんだろうと思った。

今だけを見ていればゆっくりでも進める。

先を見たら不安になる事や考えられない事も、もちろんある。

私は今は、今だけを見て、1日1日を生きてるのかもしれない。