妹と私の闘病日記

原因不明の病に侵された妹と私の気持ちをBlogに書きます

驚くほどに…

ここ数ヶ月、自分でも驚くほどに落ち着いてる…と言うか変な感じだ。

数ヶ月前までは、たまに出かける自由な時間が幸せで必要不可欠だと思ってた。SNS上でも誰かと繋がっている事が必要だと思ってた。
旦那が飲みに行くのが羨ましいと思っていた。

でも今は違う。
誰かと無理に繋がろうとも思わないし、夜な夜な飲みに行くのも億劫と思うほど…年取ったのかな?とも思う。自分の体調不良もあるかもしれない。けど今はすごく落ち着いてる感じがする。

毎日同じが嫌だと思ってた自分が居ない。
むしろ毎日同じで良いと思う。
その中でも自分のしたい事…ネイル、接骨院での針治療、マッサージ、など自分のしたい事をして満足してる。

落ち着いたのかな…。
もうすぐ人生の半分。
今したいと思うのは2年間ブランクあるけどジムに行って体をしっかり動かす事。
ジムの見学にも行ってみた。後は体験してみて気に入ったら通ってみようか。
ギックリ腰で痛めた腰がクセになって今も痛い。無理なく動かした方が良いとも思う。

2年前みたいにストイックにならないようにしないと負担に変わるから…まずは体験だな。

静かに暮らしたい今日この頃

クリスマスも後1時間で終わりお正月モードに切り替わるこの忙しない感じの年末が嫌い。
お正月はもっと嫌い。
大人になってからだな。こう思うのは…

年末に向けて病院通いの日々でした。
耳鼻科、メンタルクリニック、婦人科…病院のはしごです。服用してる薬を貰うのと診察も兼ねて。

メンタルクリニックはついに断薬へと少しづつ減らして来てます。メンタルの薬はある意味薬物依存に近いものがあります。
飲まないといられない…私はここまでなってしまっています。
特に眠剤に関しては量は減って来てるものの必ず飲まないと眠れません。
このまま一生眠剤に頼るのかな…とも思ってしまうくらい。
少しづつ減らしているけど来年40歳。
果たして人生の後半でやめれるのかどうか。


ここのところ芸能界の方の病気のニュースが目立ち、その症状を見たり耳にすると不安感も抱きます。
もちろん励まされる方もいると思います。
でも半分半分なんじゃないかと…
なんでも簡単に調べられる今、きっと不安感を抱く人も多いのかな。
少なくとも私はその1人だと思う。

一生のうちに出会える人

生まれてから死ぬまでに出会える人は多い人もいれば少ない人もいる。

今だから思える。人生でこれほどにないくらい好きな人に出会える事って限りなく少ない気がした。

失ったものも沢山あるけど私は一生に一度出会えるか出会えないかってくらい好きな人と同じ時間を共に過ごせた。
後にも先にも、あんな人には出会う事はないだろう。

彼がいなければ、あの時の私は今ここに居ないかもしれない。


この先2度と同じ時間を過ごせなくても、奇跡的な出会いを体験出来たことを今は幸せだと思える。

離れた時はショックのあまり憎しみと悲しみしかなかった私も時間が経つと、生きてきて、あんなに他の誰かを大切に思えた事が奇跡だと…

来世で一緒になろうと笑いながら話してたあの頃はもぅ思い出だけど、たまには君も思い出してくれてるかな…
お互いの人生の歴史の1ページに残れば幸せだと思う。
それだけでも聞いてみたいな。

いつか、笑ってそうゆう話ができる日は来るのかな?無いだろうな…
未来は分からないけど、少なくとも私の中ではあなたはずっとずっと、来世になっても残るくらい大きな人でした。
そんな人に出会えた事が嬉しい。

独り言のように

亡くなった妹の息子は今は小学三年生。

自閉症と知的障害がある為、2歳で離れ離れになった母親の事は一言も言わず、私の両親を親だと思っていると思う。健常者の子でも2歳で母親と別れたら中々思い出しせないだろう…


そんな甥っ子の日常の行動にはホントに参る時はある。綺麗事なんて言ってられない、と言うのが本音だ。なんで分からない?と思ってしまったり、自分のカリキュラム通りにってただのわがままじゃん…と思ってしまったり…

自分自身この先、彼とどうゆう風にコミュニケーションを取っていけばいいのかも分からない…

もちろん母親代わりにはなれない。

これはまだ、ほんの少しの感情しか書いてないけど家族に障害を抱えている子がいて、日常を見て、綺麗な言葉では、言えないと痛感した。
それと同時に何かに気づかされる事もある。

孤独と無気力

1ヶ月間くらい無気力だ。
メンタルクリニックで先生に話したところで薬を処方されるだけ。だから言わない。
頭がぼーっとする毎日。

ひとりぼっち感が襲う。
会えなくてもいい。
何かで繋がっていたい。

念じても願いは叶わないよ。
どうにもならない深い深い水の底だ。

どうしたらまた笑える?

きっとずっと

妹の壮絶な闘病中、私を支えてくれたスーパーマン
あの時1人だったら私はホントに心が壊れて死んでいたかもしれない。


彼とは男女の境を越えた友情で繋がっていた。お互い1人の人として尊敬し、時には頼り、支え合い、こんな人と出会えたのは初めてで、偶然では無く必然だったんだと思う。

4年前、しがらみが原因で縁を切った。あの時私はフヌケになった。
その後妹が亡くなった時は通夜、告別式に参列してくれて告別式ではいい大人の男の子が大泣きしていた。

妹の死から離れた私達。

小さな地域だから変な噂が立つと迷惑だから…と理由で彼のご家族から言われたけど…四年経って本当の理由が分かった。

私と彼の祖父同士は兄弟のように仲が良かったらしい。ある時、飲み屋から別の店に移動する際うちの祖父の車を出した…
4人乗って…彼の祖父は助手席。
そして事故が起きた。
彼の祖父は亡くなってしまった。

私達はずっと知らないまま生きて来て仲良くなってから知った。

それでも私達は過去に囚われず仲良くしていた。

私達が、縁を切ったのは、あの事故。彼のご家族からしたらウチとは関わって欲しくないと…
全ての原因がその事と聞いて悔しかった。

彼も縛られているのかもしれないけど私からはもう2度と歩み寄る事は出来ない。彼の苦渋の決断が今になって分かるから。

でもね、4年目になっても憎む事も忘れる事も無く、大事な気持ちは少しも変わってない。
きっとずっと、この想いは変わらず人生が終わる時この気持ちも持って行くんだろう…とまで思う。
信頼できて色んな自分を見せれる友達なんて一生に1人現れるかどうか…私は彼がそうだったんだ。

もぅ何も伝えられないんだけどね…